正直になれない大学生ブログ

普通のことを普通につらつら書いていく。そんなブログ。

「楽しそうだね。」はキラーワード

「それ楽しそうだね。」って言葉は苦手。
 
会話の流れ上、その言葉を使うのは仕方のないこと思うけど、「楽しそうだね。」って言われるといつも「あぁ…でも…」とはっきりしなくなる。
 
それは、そのことに関して本当に楽しいと思っているかに確信が持てないからだ。
 
いや、格好つけた。
実際それは、「楽しそうだね。」を言ってきた人にとって、いや、世間的に楽しいという基準をクリアしているか不安になるからだ。
もし、相手にとって楽しいと全く思ってなかったら…。
もし、世間的にそれは楽しいという基準に達していなかったら…。
そうだったら恥ずかしい。
 
 
「趣味なんなの?」
「え、カメラとか読書だけど」
「カメラ!楽しそうだね!」
「いやでも、そこまで詳しくないし」
 
「大学でどんなこと学んでるんですか?」
「制作とかそういう系なんだけど…」
「え! 大学でそんなことやってるんですね。楽しそうですね。」
「ん、普通かな…」
 
「夏休みどっか行った?
「友達と車で旅行に行った」
「いいなー! 楽しそう!」
「まあまあ…かな」
 
具体例としては、あまり具体的ではないけど、こんな感じの返答になる。
あとは、インターンで「今日は楽しかったですか〜?」に手を挙げられない。それは、別につまらなかったわけでもない。

「楽しそうだね。」と言われたことに対して、私は充分に楽しいとは感じているけど、周りをみたらそれ以上に楽しそうだし、本当に楽しんでるって言えるのかなって思っちゃう。
そうやって周りをみて、楽しさを測っているし、もっと言えば、自分自身がその楽しさに満足していないだけなんじゃないかなって思うときもある。
 
占いとか、自己分析とかで、よく野心家って書かれるけど、こういう所に表れているんじゃないかな。現状に満足できなくて、もっともっと、と求めてしまう。
 
たとえ、周りの楽しさに追いついたとしてもすぐ、周りを見て、さらに上を求めてしまうのかな。
それともそこで満足してしまうのか。
実際にそこまで到達しないと分からない。
 
そもそも、コンマ何秒で、到達→求める、を繰り返しているのか。
もし、そうだとしたらいつまで経っても…。