正直になれない大学生ブログ

普通のことを普通につらつら書いていく。そんなブログ。

簡単なこと

 

 

絵、文章なんでもいい。媒体を介して簡単に表現できるのは嫉妬や怒りの感情をそのままぶつけることだ。

 

例えば、私がいつものようにブログで鬱憤を吐き出しているのも同じこと。
そして、それを文章化できていることがかっこいいと勘違いしていることが最も痛い。

 

ある制作物の発表会で、誰かが死んだり、感情がなくなったり、ストーカーが出てきたりする、くらーく鬱っ気で闇が深い作品ばかり公表されたことがあった。
そして、それらの作品をすべて見終わった教授が一言「ネガティブなものを作るのは簡単なんだよね」とバッサリ。
この時、私は関係ないはずなのに、なぜか心に突き刺さった。


それらの作品を見ていると、作者はきっとこのストーリーや展開、社会の現状を「私だけ」の視点で表現できたと思っている自分に酔っているのだろうけど、実際何も特別なことはなかった。新鮮さも何もありゃしなかった。感じるのは、自分に陶酔して、おれすげーだろの押し売りが全面出ていた。
そして、自分に立ち返ってみても同じことが言えるんだろうな。だから、自分の胸にも突き刺さったんだろうな。自分が持っている負の感情を元にして、分析して書いている自分特別、かっけー。反吐が出る。
客観的に見れば、結局平凡で、何も特別なんかではない。

 

その教授の一言以来、なるべく負の感情はさらりと流し(無視する訳ではなく)、原動力にするのに止めている。
文章にするのはかなりのストレス発散になるから完全に消し去ったりすることはない。
何も負の感情を持つことが悪いわけではないが、もう少し使いようを考えていきたい。

 

だからなるべく、新学期においては、勘違いかっけーを無くすところから始める。