正直になれない大学生ブログ

普通のことを普通につらつら書いていく。そんなブログ。

大人になってから(再)

年上の義務 (光文社新書) 山田 玲司 (著)

 

 年上というと真っ先に大人を思い浮かべる。


 大人はかっこいい。小学生ぐらいの時にはよく思った。先輩はかっこいい。中学入学当初は3年生を見て大人っぽいなと憧れた。大学に入って、大人は減った。代わりに本書で取り上げられるような老害に近いものが増えた。「最近の若者は」から始まる定型文から始まり愚痴と説教に終わるその時間はとても無駄な時間ように思える。そもそも大人はカッコいいという幻想はどこから生まれたのだろう。それは自分ができないことを成し遂げている姿に感激したからではないだろうか。小学生の時に重い杵を持つ大人の力に圧倒され、中学の時には部員をまとめ一喝するそのカリスマ性にあこがれた。
 しかし、段々とその憧れた「大人」たちを見ることが少なくなってきた。大学生になると、サークルやゼミ、また就活などで目上の人と出会うことが多くなるが、そんな時かっこいいと尊敬できる人を何人見つけられただろうか。入ったばかりの1年生を食い物にしている先輩をよそ目に落胆した人はいないだろうか。威張ってばかりいるサークル長に疲れを感じなかっただろうか。目が濁っている教師の授業を見て時間の無駄だとは思わなかっただろうか。ああはなりたくない大人ばかりが目に付くようになったのは、私が人のダメな部分をよく見るようになってしまったからなのか。それは分からないが、とにかく全然かっこよくない。そんな人に何か言われたとしても何も響くものはない。「間違った時、知らないことを聞かれたとき、素直に認められないのは、間違った、知らない自分を自分自身受け入れられていないからなのだ」という意見がある。たしかに、自分の非をすぐに認めることができない大人はかっこ悪い。これは人がもうこの先の成長を諦めてしまっているからだろう。もし、自分の非を認めることができなかったら、このままではいけないと考えられなかったら、立ち止まり続けることに変わりない。成功したことに味をしめて何度も同じことを繰り返す先輩や先生に対してはそこで憧れを失う。


 本書に書かれている視点は年上から見た視点なのか、年下から見た視点なのか、また世代論について語っているのか軸が定まっていない部分もあるが、年上のどこに尊敬できないのかが垣間見え、身近な「年上」のどこを尊敬できてどこに残念と感じるのかを考えるきっかけになるはずだ。「愚痴る」「威張る」「いつも不機嫌」な年上を見かけたなら見切りをつけて早々に立ち去るべきである。

 

印象に残った言葉

逃げるのに限界を感じたら、今度は『逃げてきた問題』と戦わなければならないはずだ

 

年上の義務 (光文社新書)

年上の義務 (光文社新書)

 

 

今週読んだ本

  • 教養としての宗教入門 - 基礎から学べる信仰と文化 (中公新書) 中村 圭志 (著) – 2014/11/21
  • ローカルメディアのつくりかた:人と地域をつなぐ編集・デザイン・流通(学芸出版社) 影山 裕樹 (著)   – 2016/5/25